旅という言葉、近頃ではあまり使われないようだ。「こないだイタリアに行ってきてね」とか「北海道の温泉ツアーに出かけるのよ」とか、「日帰りで箱根を回ってきてさ」なんていう感じである。それはひとつには「旅」という言葉の実感が、一種化石化してきているからであろう。そもそも、昔の旅というものには、多くの苦難や危険が待ち受けていたはずだ。万葉集の防人の歌のように、無事に帰れる保証などないことを、旅人はよくわかっていたのである。
[参考情報]
豊橋駅のホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/hotel/230000/STA_990515/
奈良井宿[スポット詳細]-じゃらん観光ガイド
http://www.jalan.net/kankou/160000/163200/spt_guide000000152427/
新玉川温泉 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad354300/
近代以降、鉄道を中心とした公共交通機関の発達によって人は著しく身体を使わずしても、目的地へと到達することができるようになった。さらにモータリゼーションによって、個人でのより自由な移動が可能になった。次いでワイドボディジェット旅客機の登場によって航空運賃がかなり廉価なものになり、私のようなふつうの人も海外旅行に出かけることができるようになった。そのように時代が下り、移動に関わる労苦や危険性が減少するとともに、「旅」という言葉の使用頻度は減るようになった。これは、旅、という言葉を扱う人間と社会のほうが変化したからだと思う。誰もが容易に歓楽を求めて移動ができるようになっていたとき、それはすでに旅ではなく、商品になっていたのである。